2012年9月21日金曜日

Second collection of poems "FRSH" 第二詩集 『生鮮』



第二詩集『生鮮』
Second collection of poems  "FRSH"



§




     離れの詩


風寒く
うらぶれの身なり
されど我が思ひ
街の火影の如き
街つづくかぎり
灯は消えず
我もまた續く限り
思ひは消えず
あゝ晴れて冬空の下
われ獨り離れの身なり



     一九六三昭和癸卯(みづのとう)年 冬




§




     今宵濱邊で


今宵濱邊に佇(たたづ)みて
寄するさざ波
ひとり聞く
想ひ出多き去年(こぞ)の夏
寂れたる濱に立
汐の音變らず


そよぐ夜風に髪搖らぎ
砂弄(もてあそ)ぶ彼の人も
永久に歸らぬ
水屑(みくづ)なり
漂ひし虚(うつせ)
手に抱かん



第二詩集『生鮮(FRSH)』より

一九六三昭和癸卯(みづのとう)年 夏



この作品には自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。
乞うご期待!



§



     雲と人の自由に寄する詩


あゝ青空
その中にぽつかりと浮く
そしてその雲達は自由だ
眞の自由だ


竝びも知らず
風に吹かれて
何處へでも行ける

あゝ雲
自由な雲
人は何故
雲のやうに自由になれないのだ

古の日より
人間に眞の自由はない
何故雲のやうになれぬ

さうか
人間には善があり
そして何よりも惡があるからか

雲の自由は
人間にとつては夢なのか
しかしそれでは

あゝ空に浮く自由な雲よ
私は只
お前が羨ましいだけだ



     一九六三昭和癸卯(みづのとう)年 秋



§




夕餉の匂ひ

夕餉の匂ひは何の匂ひ
それは優しい母の匂ひ
強く育てと
ほほゑみつくりぬ
心の思ひ
夕餉の匂ひがただよふ時
いつも思ひ出す母の匂ひ



     一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年霜月十五九日




この作品も自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。
乞うご期待!
何だかこんなのばツかりだ!




§




白鳥の夢


森の湖畔の黄昏に
眞白き鳥の群れの靜寂(しじま)
なにを悲しく偲んで耽る
偲びもなくてこの夕されば
眞白き鳥よ飛んで行け
樂しい夢のあるとこへ



     一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年霜月十九日()



敍事短歌『しらとり』はここら邉りが暗示(ヒント)となつたものと思はれる。
この作品も自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。
乞うご期待!



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白い妖精
WHITE FAIRY(SNOW





白い小人


白い小人は
踊つてつもる
やさしく
やさしく
野山につもる


白い小人は
踊つてつもる
銀の世界に
かへながら


やさしく
やさしく
つもる雪
僕らと別の
世界のやうに


窓の外から
僕らの家の
樂しさを
しづかに
見守つて舞ふ


白い小人は
やさしい天使
踊つてつもるよ
野に山に


   一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年霜月十九日()


この作品は中學校の音樂の教科書に、作曲の時間があつて、そこに掲載されてゐた題(タイトル)をそのまま頂戴して創作したものです。
勿論、音樂もその時に作曲したのですが、最近になつて納得出來る形で完成しました。
題名も『白い妖精』と改めました。




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     白 夜(はくや)


優しく街に降る雪は
僕の心を埋めて行く

暗いさびしい面影が
雪の夜空に浮びくる

心の奧のその奥へ
そつと仕舞つておいたのに
知らず識らずによみがへる



想ひ出したる苦しさに
耐へて街竝みそぞろ行く

消えて行かない想ひ出は
雪降るごとにめぐり來る

獨り滿ちて行く悲しさに
今ささやかな夢を見て
春の緑をただ待てり



     一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年睦月二十日()



この作品はドストエフスキーの小説『白夜』を心象(イメエジ)して創りました。
曲もあり、前の『白い小人』となども含めて組曲にして數曲ありますが、いづれまた。




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野ばら


野ばら
野ばら
野ばらは咲きし
野に山に
童の心の
清らを歌ふ
野ばら
野ばら
野山に咲きし


野ばら
野ばら
野ばらは咲きし
野に山に
童は自分の
棘にも傷つく
野ばら
野ばら
野山に咲きし



     一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年皐月


この作品も詩も作曲の爲に作つた詩で、明らかに哥徳(ゲエテ・1749-1832)の『野ばら』を意識して、といふよりも盗作だと言はれても返す言葉がない。
その後、この曲以外に、ゲエテの詩にも曲をつけて、それは既に發表濟みである。
この詩につけた音樂は、例によつて、いづれまた。



§





     秋の囁き


野路を歩けば
蟲が教へてくれた
秋が來たよと
そつと教へてくれた


部屋の窓邊に
風が教へてくれた
秋が來たよと
そつと教へてくれた


ほのかに淡く
ほのかに淡く
教へてくれた


夜の庭では
月が教へてくれた
秋が來たよと
そつと教へてくれた


夜の街角で
雨が教へてくれた
秋が來たよと
そつと教へてくれた


雨に降られて
風に吹かれて
秋がや忍び寄る



     一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年葉月二十九日()



この作品には自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。


§





     秋の川


秋の川は
清く澄めり
思ひ出づる
故郷(ふるさと)の川を


紅葉映した
谷川よ
とんぼの
飛びかひし川よ


秋雲(しううん)の流れも
すすきも
遠き日のまま映す
秋の川


障子洗ふ
野邊の川よ
子牛の
戯れし川よ


(そら)を映した
秋の川よ
うつくしき
秋の川よ



     一九六三昭和三十八癸卯(みづのとう)年秋



この作品には自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。



§





待春夢


春の匂ひがいたします
みんなが自由になれさうな
なぜか樂しい氣がします

春の陽射しにとけました
呪文と雪とがとけました
戀の匂ひがいたします



     一九六五昭和乙巳(きのとみ)年早春


この作品は曲と同時に出來ました。
曲は絃樂四重奏曲の第一樂章として使用してゐますが、未完のままです。
頭の中では出來上がつてゐますが、「QY100」での打ち込みがうまく行きません。


§




     憧れは秋の空へ


憧れは秋の空へ
歌もはづずむ
空いつぱい
馬は群をなし
とんぼ群がりぬ


憧れは秋の空へ
しあはせを
風がはこぶ
空の色ふかく
平原と海
青くひとつに
つながつて
希望の國と
むすばれる


そんな思ひで
憧れは秋の空へ
とけこむやうに
ながめて見よう



一九六三昭和三十八癸卯(みづのとう)年秋



この作品には自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。


§




     口笛の詩


うれしい時も
かなしい時も
ひとりで草に寢て
口笛吹かう


くるしい時も
さびしい時も
ひとりで丘に登り
口笛吹かう


その澄み切つた調べは
空の青さを震わせ
こころは遠く
むかしを偲ぶ


その快い調べに
胸の痛みも忘れて
空の青さに染まつて
口笛のない日を
過せなくなつた


     一九六二昭和三十七壬寅(みづのえとら)年冬


この作品には自作(オリヂナル)の曲があります。
けれども、それは後ほど發表したいと思ひます。



§




土は泣いてゐる

車が通る
泥水をはねて通る
スポオツカアも
トラツクも
パトカアも
靈柩車も通る


自動車が行つたあと
泥水は波紋を描いて
薄暗い街燈を
そして
その上の空間を映してゐた


また自動車が來た
泥水は街燈の下で
おなじことをくり返しながら
ゆつくりと知らぬ間に減つて行く
まるで濁りきつた人間の心のやうに
考へることをなくしたヒトの心のやうに


これからも
少しづつ
車が通る毎に
泥水は濁り
減つて行く


     一九六三昭和癸卯(みづのとう)年霜月二十九日




§



A.VIVALDI(1678-1741)
調和の靈感(L'Estoro Armnico)
Op.3 No.8 イ短調






若 人


名もない草の如く
若人は生れてくる
そして勇ましくならうとしてゐる


若人よ
戰場に向ふ獅子の如く
(てつ)の身體(からだ)で堂々と大地を往け
その大きな希望と
限りない闘志を
風は稱(たた)へてくれるだらう


若人よ
今こそ君達は働くのだ
自分の国をその手で
限りない夢を托しながら
せつせと働くのだ
それが君達の生命(いのち)だから


若人よ
そこはいつでも君達の新しい國だ
今日の汗と
明日の希望で築き上げて行く
新しい國だ
見よ! 
太陽は隔てなく煌煌と照るではないか


若人よ
だが常に嵐は向つて來る
轟々と雷(いかづち)は黒雲から嘲笑ひ
君達の大地は亂(みだ)れ散つて行くだらう


(すべ)てを失つて
廃墟と化したこの大地に
雲の間から射す太陽の光を
(いた)いおもひで見ることだらう


若人よ
たとへ鐡の身體を重々しく横たへて
絶望の底へ眠りについたとて
幾人もの若人が夢の中へ現れて
君達を大聲で怒鳴るだらう


若人よ
さあ君達は理解しなければならない
その時にこそ大きく伸びをして
再び鐡の身體を立上がらせよ
そして前よりも一層
希望と鬪志に滿ちた顏で
限りない大地を堂々と蹴つて行くのだ


     一九六六昭和丙午(ひのえうま)年皐月二十三日



この作品は厭世的(ペシミステイツク)だつた頃の、それも一番長く、十年近く暗い氣分が續いた時期の詩である。
それがこんなに明るいものを書いたといふのは、柴可夫斯基(チヤイコフスキイ(Tchaikovsky)1840-1893)が交響曲(シンホニイ)の第六番『悲愴』の三樂章でスケルツオか行進曲(マアチ)を作曲したやうに、全體に暗いこの交響曲をまるでヤケクソのやうに空元氣なものを書かなければならなかつた心持ちと通じるやうな氣がする。
尤も、こんな事を言はれては、彼が迷惑がるかも知れないが。



§

自作(オリジナル)
motion
(cembalo)







一人靜(ひとりしづか)


靜はいつも一人咲く
その名の如く一人咲く
遙かな国の一隅に
ものも言はずに咲き盡くし
白い姿を稀に見すそれ懷かしさの所以なり


靜は今も一人咲く
見えざる處一人咲く
靜一人は淋しいぞ


風よ
お前が來る途中
仲間がゐたと言つておやり


川よ
お前が來る途中
大勢ゐたと言つておやり


諸々よ
お前達の來た途中
みんなが待つてゐたと言つておやり
そして優しく案内してやつておくれ


靜どうしたなに惱む
おまえはこんなに言つたとて
見えざるところ一人咲き
見えざるところ一人散る
なぜ なぜ なぜ


あゝ靜
さうか分つた
あゝ靜
お前は一人が好きぢやない
お前は一人が好きぢやない
お前はひとりを……


風よ
川よ
諸々よ
せめて一言いふまいぞ
せめて一言いふまいぞ
大勢ゐたといふまいぞ



     一九六七昭和四十二丁未(ひのとひつじ)年水無月二日



§




     俯ける天使


俯ける天使よ
なにを惱む
あの青空が待つてゐるではないか
翼を擴げて天に向へ


俯ける天使よ
なにを泣く
顏を上げて涙を拭ひたまへ
あなたの側には若者がゐるではないか


俯ける天使よ
もうあなたの氣持次第で
頬笑みを
人魚のやうな頬笑みを
あなたは得られるまでに成長してゐるのに


俯ける天使よ
そのままの白い姿で
若者の胸に身をあづけ給へ
されば天使よ
愛は芽生えん


天使よ
その姿は神々しく
若者の愛にも包まれて
眞直ぐに未來を見つめ
二度と俯くことのないやうになり給へ



     一九六七昭和四十二丁未(ひのとひつじ)年夏



§





     雲と私


私の上には見た事もないやうな碧空
その碧空の中に雲がある
その雲はごく當り前に浮んでゐる
誰もが知つてゐる雲である
それが私の上に寄添ふやうにゐる
それは誇りに思つていい事だ


私の上にあるこの雲は確かになんの變哲もない
だが何處か遠くの旅人が
この爽やかな雲を私と同じやうに見て
洗はれたやうな清々しい氣持で
人生の物思ひに耽つてゐる


さう思つただけで
私の友である雲よ
君が褒められるといふ事はなんて嬉しいんだ
たとへ
私が褒められたのではないにせよ
樂しくて仕方がない


友人である雲が褒められる
それはやはり誇りに思つていい事だ
しかも
この空想は有得る事だ
うん
愉快ぢやないか



一九六八昭和四十三戊申(つちのえさる)年春



§





後 記 


この詩集は十三歳の頃から約五年間に創つた作品ばかりを集めたが、本當は恥かしい事だが、私の不注意によつてそれまでに創作した全詩集を紛失してしまつてゐるのである。
詩は可成の數があつた。
私は夢よもう一度といふ氣持から、僅かではあるがこの『生鮮』といふ詩集として、茲(ここ)に再現する事にした。


とは云つても、再現出來たのは二、三篇で、その他の詩は私が作曲用の歌詞として作つたもので、詩としての價値といふやうなものは、餘り多いとは言へない。
謂はば、穴埋めにしか過ぎない。
そんな詩が十一篇も入つてゐるのだから、この詩集に關しては批難の如何に強くても、甘んじて受けるつもりである。


初めは詩集の題名(タイトル)もそれぞれあつたのだが、思ひ出せない題も幾つかあるので、もうそれを書く事は止めにして、『生鮮』といふ題として改めた。
猶、紛失してしまつた詩集に洩れた詩も含めてあるから、年月の喰ひ違ひがあるかも知れない。
『消えた詩集』と題して再現しようとも試みたが、結局、幾らも出來ない儘(まま)にこんにちのやうなものとなつた。


ひよつとすると、何處かから出て來るのではないかとの希望を捨てずに持つてはゐたのだが、そんな事は當てには出來ない。
それから、この『生鮮』には『七星』といふ詩集の詩の収録だけは除いてある。
といふか、さうしようにも作品が私の手元には殘つてゐないからではあるが、いづれにしても甚だ未熟な作品群ではあつた。
これだけは、どうも判然とし過ぎてゐるやうだ。



     一九六八昭和四十三戊申(つちのえさる)年神無月十日




§

第二詩集『生鮮』完成に寄せて


『生鮮(FRSH)』は筆者の第二作目の詩集である。
一九六四昭和甲辰(きのえたつ)年から、一九六八昭和四三戊申(つちのえさる)年までに詠んだ句を纏めたものである。
 どうかと思ふやうな作品もあるが、これがあの時の自分の一部である事に變りがない。
ご鑑賞下さい。
これでこの詩集が完結しました。












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